風呂とトイレ

風呂とトイレ

風呂とトイレ

私も改めて気づかされたのだが、日本の生活環境というのは「清潔」であるらしい。もちろん、他の国に比べての話である。それは私も何となく感じてはいた。日本人は、外国人からみると全員が異様な潔癖性に見えるほど、どこもかしこもピカピカにしたがる。一番顕著なのは車と家屋の壁だ。ばい菌がいない、というのとは別のレベルで、綺麗にしないと気が済まない。

 

もちろん、日本人の感性からそれが快適と感じられるだけで、他の国の人はその度数が低いだけなのだろうと思っていた。例えば会社の階段の壁が変色していたりしても、誰も何とも思わないんだったら別に塗り直したりする必要はないわけである。日本だと「この会社ヤバいんじゃないか」と思ってしまう人が多いから、みんな必死で外見を取り繕うのだと。

しかし、どうも違ったらしい。外国人も「清潔」=「快適」と考える人がいて、啓蒙活動をやっている例があったのだ。

 

私も前にウォシュレットを記事にしたことがあるが、あれは個人的には火、車に続く人類の3大発明だと思っている。あれがないと、もう生きていけないほどだ。私の勤務先の研究所はトイレがみんなアレなのだが、もしアレが撤去されたら転職するかもしれないくらい重要な要素である。赤坂の方に異動したくないのはそれが原因だ。貸ビルなので、トイレが非ウォシュレットなのである。そんな非人間的な環境では、生きていけない。
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もっともハードだけの問題ではないらしい。私も意識してなかったが、確かに銭湯で快適に過ごすためにはお互いの信頼関係が重要である。単に知っている人を信頼できるのではなく、そこにいる人すべてを何となく信用できるというか、幻想であってもその雰囲気が重要なのである。それは「文化」だろう。誰かが決心してすぐに出来るというわけにはいかない。ほとんど無意識界レベルで認識を共有していなければならないのである。

 

他の国にも銭湯のような施設はある。ハンガリー・ブダペストの老舗ゲッレールト温泉に行ったことがあるが、あそこはホモの狩り場だそうで、みんな離れてバラバラに湯に浸かっていた。常に緊張感が漂う、あまり快適とは言い難い場所だったことを覚えている。途中で美青年が入ってきたのだが、一気に緊張が高まったものだ。日本の温泉だったら、いくら美青年がいてもあんなにみんな緊張しないと思うけどなあ。もっとも男湯にパパに連れられた幼い女の子が入ってきたら、一部はその限りではないかもしれないが(笑)


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